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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第87回:多様なソースから情報・知識を集める(その2):情報・知識の『源』を多様化する

(2014年8月4日)

 

セミナー情報

 

前回は、「多様なソースから情報・知識を集める」のSMPモデルについて紹介しました。今回からはその内の「情報・知識の『源』を多様化する」(Source)について議論をしていきます。

■多様な情報を収集して組み合わせる

イノベーションは、異なった既に存在する知識や情報を『意外な組み合わせ』で組み合わせることから生まれることは、イノベーションの研究で有名なシュンペーターを始め、多くのイノベーションの研究者やその実践者の間で合意済のことです。つまり、組み合わせる元の情報や知識が多様化していればしている程、またその量が多ければ多い程、スパーク(化学変化)が置き、革新的なアイデアが生まれる可能性が高くなります。

■どのような情報・知識を集めるか?

それではどのような情報や知識を集めたら良いのでしょうか?

●情報と知識

収集対象は「情報」と「知識」です。ここでは情報は、それ自体に意味を持たない事実や想定です。たとえば、「今後30年間で日本の高齢者の人口割合は拡大する」といったものです。一方、知識は何か意味を持つも、言い換えると情報の「解釈」を含んでいるものと定義できると思います。したがって、知識は、「日本は高齢化に対処しないと日本社会が崩壊する」というものです。

この情報と知識を比べると、知識の方は既にそこには何等かの意味が含まれていますので、「高齢化に対処しない場合、どのような社会が待っているのか?」や「対処するのには高齢化の実態を知りたいな」といった、別の発想につながる可能性が高く、またスパークを起こし易いように思えます。また同じ理由で、更なる情報・知識収集活動の方向性を、ガイドしてくれます。

そのため、知識を多く集めるようとすることは重要になります。従って、知識を得るための活動を主体的かつ積極的に行うことは意味のあることです。例えば、その分野の専門家を広く探し、彼らの「意見」に関心を持つや、更に一歩進めて主体的にそれら意見を聞く場を求めるなどを行うことです。

●形式知と暗黙知

知識には形式知と暗黙知があるということは、広く知られています。形式知とは、文章や言葉として表すことができる、また既に表された知識です。レポート、書籍、講演内容、部長からの指示などは文章や言葉に表されていますので、全て形式知です。一方、暗黙知は、文章や言葉として表されていない、表すことのできない知識です。例えば、匠の技は暗黙知の典型です。匠自身は既に知識として持っているものの、他の人に伝える言葉や文章を持っていません。彼らは「からだで覚えている」のです。

○五感で情報・知識を収集する
この形式知の特性から、形式知は比較的獲得が用意です。通常、文章になっている書籍やレポートを集めたり、またインターネット検索などの方法が使われます。一方、暗黙知は上の匠の技の例のように、その場を共有するなどの方法で獲得するものです。したがって、いざ情報や知識を集めようとすると、どうしても形式知の収集を主要な活動としてしまいます。

しかし、人間が既に保有する知識量を、形式知と暗黙知を比較した場合、遥かに後者の方が多いでしょう。なぜなら、形式知に触れても、自分自身の頭の中で今一度形式化のプロセスをたどらなければなりませんが、暗黙知もしくはその断片は、その場の雰囲気、におい、手触り、映像といった体感するといった五感を通した活動を通して、そのままの不完全な知識や情報として、どんどん頭の中に蓄積されていきます。つまりそこに明確な意味を深く考えるプロセスは後回しになるからだと思います。したがって、暗黙知を求めた活動を行えば、情報や知識量は大きく増えます。

また、何かを発想する場合、自分の過去の暗黙知から知識や情報を引っ張りだしてきて、「そういえば、あの客は現場であんな使いかたをしていたな」などということが多いと思います。つまり、頭の中に蓄積された情報は、明確な知識にまで形式化する必要はないということです。

また世の中ですでに形式知化された情報は、その流動性は高く、競合他社も持っている可能性は高いと思います。しかし、現場に身を置き独自の五感を通じて獲得した暗黙知は、偏在した知識であり、競合他社が持っていない可能性が高くなります。その結果、暗黙知を多く獲得することで、革新的な(つまり世に新しい)テーマを生み出すスパークの可能性は大きくなります。

最近日本でも、アイデアの発想法等でデザイン思考の重要性が議論されるようになってきています。デザイン思考は、もともとは米国カリフォルニアのIdeoというデザイン会社が、製品のアイデアを創出する場合に利用していた考え方で、従来のような分析的な活動ではなく、顧客を体験や観察から丸々理解し、そこから課題を見つけ、新しいアイデアにつなげようとする方法論です。まさに出発点は、顧客を五感で知り、暗黙知を沢山蓄積するところから始まるものです。

五感で顧客を理解するという活動は、従来のレポートを読む、調査会社に調査をさせる、アンケートを取るといった活動に比べ、一見非効率です。そんな顧客の観察が必要であるならば、どこかの調査会社を使って調べさせろ、などとの意見が上司からでてきそうです。しかし、以上のように、対象領域に関係する人達やその現場を五感を持って理解し、暗黙知を蓄積することで革新的なアイデアを格段に出しやすくなります。言い換えると、現場を五感を持って理解することで、人間はよりクリエイティブになるのです。

○顧客を五感で理解するには工夫が必要
私は現在教えている大学院の技術経営研究科で担当している生産財マーケティングの中でも、行動観察の重要性を訴えているのですが、良くB2C製品ならともかくB2B製品では顧客を五感で理解する場を得ることは難しいという意見が出されます。難しいのはその通りですが、不可能ではなく、いかにこの難しいB2B製品において、五感で顧客を理解する場を持つかを考えるということは大変意味のあることです。例えば、生産現場で使うセンサーを売っているキーエンスでは、以下のような工夫をしています。

「実機デモと同時に、現場テストにおいても、キーエンスの営業担当者が立会い、取付け方法や測定方法についてサポートする場合が多い。どのように取り付けて使用すれば良いかなど注意点を丁寧に説明しながら、一緒にテストを実施する。現場テストによって、商品の設置・設定の簡単さや商品の使い易さなどを実感することができる。さらには、工数削減やリードタイム短縮などの効果についても実測できる。」(「価値づくりの経営の論理」(日本経済新聞出版社)延岡健太郎著

このキーエンスの例のように、いかに顧客を五感で理解する工夫を行うかが、企業にとって大変重要となります。

次回も引き続き、「情報・知識の『源』を多様化する」(Source)について議論をしていきます。

(浪江一公)