日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」
第85回:革新的テーマ創出のための環境の用意(その6):失敗を罰しない
(2014年7月7日)
前回まで、革新的創出に向けての環境の用意として、「ネガティブ要因」(研究開発担当者がテーマを継続的に創出しないと困る状況の創出)、「ポジティブ要因」(研究開発担当者が積極的に革新的テーマを創出したくなる直接的な状況の創出)、そして革新的テーマを創出し、事業化をする過程での阻害要因を取り除き、研究開発担当者が革新的テーマに取り組んでもよいと思わせる「中立要因」の議論をしてきました。今回は、前回に引き続き「中立要因」の議論をしたいと思います。
■革新的テーマ創出において失敗を罰するとどうなるか?
革新的テーマの「革新性」とは、他社が手掛けていないことを意味します。したがって、不確実性は高く、それゆえ失敗の可能性は高くなります。分母に何をとるかによりますが、一般論としても失敗の可能性は、90%以上ではなかと思います。失敗の可能性の高さは、革新的テーマを手掛けることの本質的な特徴と言えます。このような革新的テーマの本質の問題を無視して、事業化・商業化の過程で失敗したチームを罰していては、ほとんどの革新的テーマに関わったチームは、罰せられることになります。
自身で罰せられた人は当然のこと、そのような経緯を見ている他の社員も、革新的テーマを自ら起案し取り組むということを避け、凡庸な失敗の可能性の低いテーマに取り組むようになります。つまり失敗を罰したら、社員は二度と革新的テーマには主体的に取組むということをしなくなるのです。
■プロジェクトチームの怠慢や無能に起因する失敗にどう対応するか?
ここで良く出されるのが、チームの怠慢や極端な無能によって失敗した場合をどう扱うかです。チームの『明らかな』怠慢や無能による失敗は、罰しても良いでしょう。
しかし、その原因が『明らかではない』場合はどうでしょうか。前人未踏の革新的テーマへの取り組みの場合には、そのような場合は起こりがちです。起こるとは想定していなかった状況が発生した、重要な前提条件を見逃してしまったといったことです。
通常、人間は、他人の失敗に対してはどうしても厳しくなるという心理的な傾向があります。特にその失敗が、自身に悪影響を与えるのであればなおさらです。しかし、革新的テーマ創出に責任を持つマネジャーとしては、そこをぐっとこらえなければなりません。なにしろそこで失敗を罰したら、社員は二度と革新的テーマに取り組まなくなってしまうからです。
したがって、その原因が『明らかに』チーム側の怠慢や無能であると特定できる場合を除き、失敗は罰するべきではありません。つまり、革新的テーマのマネジメントにおいては、「失敗は罰しない」をデフォルトとすべきということです。
結果として、本当はチームの怠慢や無能が原因で失敗した革新的テーマが、罰せられずに済まされてしまう場合も起こるということです。その時、本人達はどう考えるか?ほとんどのメンバーは「しめしめ」とは思わないでしょう。自らの怠慢や無能を反省し、「次の(革新的)テーマでは、このような失敗は二度としないようにしよう」と思うケースがほとんどであると思います。もしそう思わない社員がいたとしたら、むしろその失敗はチームメンバーの怠慢や無能であることは、おのずと『明らか』になる可能性が大きいと思います。特に、ステージゲートのような複数の評価の関門があり、またそこでプロジェクトチームが成果物(ゲートミーティングに向けた説明資料)をつくることを課す場合には、そのようなチームは明らかになるものです。
■失敗をどうマネジメントするか?
しかし、相当の高い確率で起こり得る失敗をそのまま受け入れるだけでは、正しいマネジメントとは言えません。革新的テーマでは失敗は本質的にある一定の確率で起こるものですので、その失敗の自社へのインパクトの低い段階で明らかにし、早期に中止するということが必要になります。まさにこの部分においてステージゲートプロセスが効果的に機能します。
不確実性には大きく分けて二つの種類があります。事前に想定が可能な不確実性と、事前に想定が不可能な不確実性です。ステージゲート法を用いたプロセスにおいては、両者に対して適正に対応する仕組みを組み込みます。
●事前に想定が可能な不確実性への対応
自社の活動により、事前に想定が可能な不確実性への対応としては、以下のような工夫を講じます。
・積極的市場との対話
自社のアイデアを初期の段階から積極的に顧客にぶつけて、反応を見ます。その時に、できるだけ自社のアイデアが顧客にとってありありとわかるような工夫、たとえば仮想カタログをいったものを用意します。
・フロントローディング
早い段階から市場や技術の情報を集め、仮説で良いので計画を策定します。その気になれば、相当のことがわかるはずです。
・英知を集める
社内を探せば、その分野のことに、仮に一部でも知見や経験を持つ社員がいるものです。また、いなければ社外の経験者や専門家を利用するという手もあります。
●事前に想定が不可能な不確実性への対応
自社の事前の活動では、想定が不可能な不確実性には、以下のような工夫を行います。
・多産多死
不確実性があふれる自然界で生物が反映できるのも、多産多死というメカニズムがあるためです。革新的テーマも同じアプローチをとります。つまり、多くのテーマを創出し、後のプロセスで筋が悪いと判明したテーマを積極的に中止する方法です。
・多段階プロセス
少しでも調査を行えば、それが失敗プロジェクトかそうでないかは、かなり想定できるものです。初期には少額の経営資源を投入し、できるだけ早い時期に失敗テーマを見極め中止し、仮に失敗という結論になっても、自社への損失を最低限に抑えるようにします。
・段階的評価
初期には投入する経営資源は少額とし、ステージを進めるに従い投入経営資源を増やしていきます。したがって、初期において知ることができる情報は限定されます。そのため、それを前提に初期の評価は抽象的・定性的な評価とします。
・初期には迷ったら前に進める
同じ理由で、初期のゲートでは判断に迷うことは起こります。しかし、初期の段階では、次のステージで投入する経営資源は少額に押さえますので、仮に筋の悪いテーマと判明してもたいした問題はありません。したがって、初期においては迷った時には前に進めるという判断をします。
■失敗から組織として学ぶという姿勢
また、多くの失敗が起こるのですから、それら失敗から学び、それを組織的に共有することには大きな価値があります。そのため、ステージゲート法で中止としなったテーマについては、なぜ中止になったかについてはその原因を明らかにし、今後のテーママネジメントに活用するようにしなければなりません。
(浪江一公)