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「目からウロコのB2Bマーケティング」

第2回:「B2Bマーケティングは顧客起点であるべきか。」

(2012年2月13日発行)

マーケティングにおける重要なキーワードに「顧客起点」があります。今回はこの点について、「B2Bマーケティングは顧客起点であるべきか。」について議論をしたいと思います。

● コトラーによるセールスとマーケティングの違い
マーケティングの教科書に最初に出てくるのが、マーケティングとセールスの違いです。マーケティングの本質を説明する上で、誰でも知っているセールスとの対比で説明することは、理にかなっています。

例えばコトラーはそのテキストの中で、両者の違いを次のように説明されています。セールスは自社の工場を起点として、自社の関心の対象は、その工場で製造した製品を販売することに向けられています。そしてセールスの目的は売上の拡大にあります。一方、マーケティングは、顧客を起点として、自社の関心の対象は、顧客のニーズに向けられ、その目的は顧客満足度向上にあるというものです。このセールスとマーケティングの目的に違いの議論はまた別の機会に譲るとして、セールスとマーケティングの大きな違いは、前者が自社工場起点であるのに対し、マーケティングでは顧客が起点となるということです。

● 日本のB2B企業は、マーケティングを既に実践している?
多くの日本のB2B企業の方々が、この議論を聞くと、「な~んだ。俺たちはもうマーケティングをやっているんだ。」と誤解をします。ひょっとすると「そうであれば、もうマーケティングの勉強をしなくてもいい。」と考えるかもしれません。なぜなら、殆どの日本のB2B企業は、既に徹底して顧客を起点として事業の展開をしているからです。

例えば、自動車部品メーカー(正確にはティアワンと呼ばれる自動車メーカーと直接取引をする企業)の顧客は自動車メーカーであり、B2Bの典型的な企業(であると思います。これら企業は、自社の技術者を顧客である自動車メーカーに常駐させ、自動車メーカーの技術者と日々直接的にコンタクトしながら仕事を進めるというこことをしてます。これ以上の「顧客起点」はありません。また、マーケティングのセールスとの比較での二つ目のポイントのマーケティングにおける「顧客ニーズ」への高い関心ですが、これら自動車部品メーカーは、毎日の顧客接点でのコンタクトの中で、顧客のニーズを直接顧客から聞き、それらを自社の部品への反映を行っています。

しかし、自動車部品メーカーがマーケティングに優れているという話は、残念ながら聞いたことはありません。また、自動車部品メーカーが積極的にマーケティングを行っているかというと、そうでもなさそうです。また、効果的なマーケティングの対価として期待される自動車部品メーカーの利益(利益率)は、一般的には、他産業に比べてそれほど高くはありません。

そうなるとどうも「顧客起点」や「顧客ニーズ」への関心を基に日々活動しているB2B企業は、十分にマーケティング活動をしているとは、言えそうにもありません。このような自動車部品メーカーはB2B企業の一つの典型であり、このような「顧客起点」や「顧客ニーズ」への関心に基づく事業展開を行っている企業は大変多いと思います。この背景には、B2B企業の場合B2C企業に比べ、一顧客当りの購買量が多いので、このような活動になる強い傾向があります。

● 日本のB2B企業がとるべき方向性:『市場』に目を向けよ!
それでは、これら自動車部品メーカーなどのB2B企業のマーケティング活動(現状での活動をそう呼ぶとして)にどこに問題があるのでしょうか?その答えは、既存の顧客が重要であるがゆえに、また今アプローチ中の顧客でも、その顧客一社でB2C企業と比べ相対的に大きな売上が期待できるため、どうしても個別の企業のみに関心が行くことです。これはマーケティングとセールスとの比較で言えば、セールスに近い活動と言えます。この問題の解決策は、『一社々々の顧客』ではなく『市場』に目を向けるべきなのです。

それでは、「『一社々々の顧客』ではなく『市場」』に目を向ける」とはどのようなことなのでしょうか? まず、市場は複数の顧客の集合体であり、そこにはまだ顧客にはなっていない潜在顧客も含みます。既存の取引のある声の大きな顧客のニーズが、全体の市場のニーズを代表しているとは限りません。また市場はそれ自体で独立しているのではなく、様々な他の要素、その要素を生み出す主体をステークホルダと呼びますが、それらステークホルダの影響を大きく受け、市場のニーズの内容やその強さ、そして対象となる顧客の数が変化します。それらステークホルダには、顧客の顧客、関連する法律を制定する政府、そして環境問題への関心等を持つ社会、そして自社の競合企業なども含まれます。

現状のB2B企業のマーケティング上の大きな問題が、この『市場』に目を向けていないということです。つまり、個別の『顧客』には多くの関心を示しているが、『市場』に関心を示していないということです。従って、日本のB2B企業は『市場』に目を向けなければなりません。

つまり今回のタイトルである、「B2Bマーケティングは顧客起点であるべきか。」の答えは、そうあるべきではない。『市場』起点にならなければならない、というのが答えになります。

先の自動車部品メーカーの例で言えば、従来のトヨタやホンダを中心に見ていたものを、潜在顧客である韓国のヒュンデイやインドのタタも顧客として含む世界の自動車メーカー全体を視野に置く必要があります。また、自動車部品のニーズや需要は、自動車メーカーの顧客、すなわち自動車部品メーカーにとってみれば、顧客の顧客や、排ガス規制を行う各国の政府、それらに影響を与える一般の社会、そして自動車の技術に影響を与える他の自動車部品メーカー(例えばモーターメーカー)に大きく影響を受けるため、それらにも常に関心を持ち、その動向を注視し、将来を予測しなければなりません。

従来であれば、自動車メーカーが自動車部品に反映すべきことを、直接自動車部品メーカーに語ることが可能でした。しかし、自動車メーカー自体の顧客が多様化し、技術も従来からの内燃機関や機械要素中心から、電気やITC、人間工学、等活用技術分野が拡大する中、もはや自動車メーカーがそれらを全て把握、分析し、自動車部品メーカーに具体的ニーズや部品仕様の形で提示するといったことは不可能になっています。

自動車部品メーカーは、自社の関連する領域で、その分野のプロフェッショナル企業として、主体的にまさに関連する『市場』の動向を把握し、むしろ自動車部品メーカーから自動車メーカーに提案することを期待されています。

● 日本のB2B企業は、技術だけでは世界で勝てない。『市場志向』を徹底せよ!
品質や技術力の面でも、韓国や中国のメーカーは実力を急速に向上させつつあり、これまでのように、日本企業がこれらの面で海外企業に差別化することは益々困難になりつつあります。仮に、現状では韓国や中国の企業の「技術力はまだまだ」と思っていても、数年後には相当な実力を持って競争を仕掛けてくると考えた方が良いでしょう。日本の技術者が海外企業に高額の給与で雇用され、更に技術を持つ日本企業が海外企業に買収されれば、日本の高い技術がこれら企業に当然流れ、この流れを押しとどめることはできません。また日本人の技術者が中国人や韓国人より優秀であると考える方がいたら、それは全く非合理です。昔の紙などの先端技術は中国で発明されたことを考えてください。逆に中国やインドには日本の10倍の人口がいるのですから、優秀な人材も10倍いると考えるべきです。

これらの点についてコマツの坂根会長は「4、5年前は無理だと思っていた部品も簡単に造ってくる。」(日本経済新聞2011年10月21日朝刊)と言っています。

もちろん『市場』を想定・予測し、そこに基づき顧客に提案する能力とて、海外企業でも獲得はでき、ここにおいても競争はありますが、決して簡単ではありません。組織内に仕組みや社員の姿勢やものの考え方から『市場志向』に変えて行く必要があります。だからこそ、この能力を持つことで、他社に対し優位に立てることができるのです。例えば、超高収益で有名なキーエンスは、その高収益の背景にまさに組織能力としての仕組みや社員の能力が存在します。

次回も「B2Bマーケティングとは?」の議論を続けたいと思います。