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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第73回: 「サービス情報の活用:トロイの木馬としての自社製品を利用する(1)」

(2014年1月20日)

 

セミナー情報

 

本日は顧客を深く知るための深度軸の5つ目として、サービス情報を活用しての顧客の理解についての議論をしていきます。

●既存の顧客の自社にとっての価値

マーケティングの言葉に顧客生涯価値という言葉があります。この言葉の意味は、今後その顧客が自社にとってその生涯において合計していくら利益を生み出してくれるかを金銭価値として示すものです。顧客を獲得するのには投資が必要ですので、その投資と比較してのリターンの指標としてなどに使われるものです。

この概念は、顧客は1回限りの取引ではなく、長期(生涯)にわたって収益を上げる対象として考えようという意味で重要ではあります。しかし、既存顧客を直接的な累積利益という金銭価値の源として見るだけでなく、自社の製品の周辺に関わる様々な情報の情報源として見ることで、自社が顧客から得ることのできる価値は大きく拡大します。

●顧客の手元にある自社製品(『トロイの木馬』)を活用する

既存顧客は、自社の製品を買ってくれた顧客であるだけではなく、『今』自社製品を使っていただいている顧客でもあります。『今』その製品を使うことで、顧客の現場では様々な不満や使っている顧客自身も気がついていないような問題などが発生しています。これらの不満や潜在化した問題は、自社の今後の製品開発や技術開発に極めて重要な情報をもたらすものです。

つまり、顧客の手元にある自社製品は、自社の『トロイの木馬』なのです。『トロイの木馬』とは、ご存知と思いますが、ギリシャ神話の中で、ギリシャ軍がトロイを陥落させるために、大きな木馬を作ってその中に自軍の兵士を隠し敵の城内に巧く運びこませ、夜中にこっそり抜け出した兵士が自軍を敵の城内に引き入れトロイを陥落させたという話です。

顧客は敵ではありませんが、「自社の人間」が顧客の家や事務所、工場に入るという機会はめったにありません。しかし、「自社の製品」は、もちろん顧客の家、事務所、工場の中で、堂々と存在することができます。その存在を通じて、顧客を理解する機会があるのです。

●『トロイの木馬』を活用する方法の例

『トロイの木馬』戦略を一番活用しやすいのが、設備機器です。例えば、フィンランドにKCI Konecraneという天井走行クレーンのメーカーがありますが、この会社は自社(および他社)の天井走行クレーンの保守点検も重要な一事業として位置づけています。同社は合計で世界中にある数十万のクレーン(他社製品を含め)の保守を行なっており、そこから得られる情報は大変貴重です。同社は実際、以下のように表現しています。

「Our R&D work is inspired by feedback from our maintenance database covering information on both our own and competitors’ equipment.」(同社アニュアルレポート)

まさに、顧客の生産などの現場に設置されたクレーンの使用情報を収集し、その情報を製品開発や技術開発に活用しているのです。近年様々な分野でのビッグデータの活用が話題を集めていますが、同社はそのような話題が出てくるはるか前からこのような活動を行っています。

自社のサービスマンは、顧客現場に設置された製品についての保守・修理のために堂々と顧客の工場や事務所に入り込むことができるわけで、これらのサービスの情報や機会を使わない手はありません。残念ながら、多くの企業においてサービス情報やサービス部門は戦略的に活用されていません。

その理由の一つは、一般的にはサービスは、極論すると自社が製品を売るためにどうしても行なわなければならない必要悪、企業の主要な関心の対象である製品を売るという活動の、その後の面倒な活動・コストと考えられているからです。その証拠に、ほとんどの企業においてサービス部門の社内での地位は低く、サービス部門出身で社長になると言う企業は大変まれです。

その中で、小松製作所はサービス部門出身の坂根氏(現相談役)が社長になった珍しい会社です。小松製作所では、この坂根社長が自分自身のサービスでの経験から、有名なビジネスモデルであるKOMTRAXのプロジェクトを推進し完成させました。

KOMTRAXは自社の建機にセンサーを取り付け、その稼動情報をセンターで収集し、様々な目的に活用するというものです。KOMTRAXはまさに『トロイの木馬』戦略の代表的な例と言うことができます。

●顧客の手元の製品とつながる様々な工夫をする

上の例のように、設備機器メーカーにはこの『トロイの木馬』戦略を展開する機会や余地がありますので、このような活動を強くお勧めします。このトロイの木馬戦略というと直ぐにICT(情報通信技術)と結びつけてしまうかもしれませんが、ICTというと技術やコスト上の制約が出てくる可能性は現状では大きいものです。そのため超大企業でしか利用できないと考えがちです。しかしICTを使わなくても、いろいろな手段がありますし、その利用も最初は小さくスタートし、少しづつ範囲を拡大していくというアプローチが可能です。

例えば、サービスマンの活動を単なる顧客の製品の保守や修理に限定せず、現場で顧客の操作の訓練を行なったり、従来の保守範囲を広げたり(例えば自社の納入した設備や部分に限定しないなど)、顧客訪問の機会を利用して様々な(予め決められた)質問やアンケートを行いそれら情報を集約するなど、顧客との接点を増やし、情報収集機会を拡大するなどが考えられます。

ここで重要なことが一点あります。機転が利く人は、それであれば、サービスマンに営業までやってもらえばと思うかもしれません。しかし、これはお勧めしません。なぜなら、一度営業モードになると、せっかく心を開いてくれた顧客が、心を閉じてしまうからです。あくまでこの活動の目的は顧客を「深く知る」ことであり、それを妨げることは自社にとって重要な「自社製品を売る」という活動であってもいけません。

しかし、修理や保守の機会があまりない設備機器以外の他の比較的単価の低い製品や顧客の製品の中に組み込まれてしまう部品や原材料、そして耐久消費財以外の消費財などについては、この戦略はピントこないかもしれません。設備機器以外の企業にとって、この『トロイの木馬』戦略をどう考えたら良いのでしょうか?

この点については、次回引き続き議論をしたいと思います。

(浪江一公)