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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第69回: 「顧客を深く観察する:エスノグラフィ 」

(2013年11月25日)

 

セミナー情報

 

前回まで市場・顧客を理解する3軸の内、時間軸および分野軸について話をしてきました。今回からは、最後の3つ目の軸の深度軸を議論し、今回はその一つ目のエスノグラフィについて考えてみたいと思います。

●エスノグラフィとは

エスノグラフィとは元々は民族学の手法で、人やゴリラなどの動物をつぶさに観察する手法です。米国では10年ぐらい前から、顧客のニーズやその背景をつかむことを目的に、顧客を観察する手法としてこの手法が使われるようになっています。日本でもこの数年で急速に注目を集めるようになり、花王がタイの家庭に研究者を派遣し、実際に現地の人を観察させ、タイ向けの洗剤を開発したなどの例があります。

具体的にどのようなことを行うかについては、以下に昨年私が翻訳した「ステージゲート法 製造業のためのイノベーション・マネジメント」の中に事例の紹介がありますので、そのまま引用したいと思います。

ICIペイント(米)は、エスノグラフィーによって、大ヒット製品に結びついた「ある単純な現象」を、見つけました。ICIの社員は、塗装工と一緒に建築現場にキャンピングアウトを行いました。毎日朝と午後にはコーヒー売りのワゴンが建築現場に現れ、塗装工は外でタバコを吸ったりしながら休憩を楽しみます。

ICIの観察者達は、塗装工が天井を白の塗料で塗っている途中に、コーヒーワゴンが現れる場面に出くわしました。塗装工が仕事に戻ると塗料は既に乾き、2度塗り3度塗りの場合は、どこが既に塗料を塗った部分で、どこが塗っていない部分なのかが分からなくなっていました。彼等の解決法は、天井全体を塗り直すというものでした。塗料と時間が無駄になっていました。

ここでICIが生み出した解決法は、ピンクの塗料でした。その塗料は、最初はピンクで完全に乾くまで(1日程度)はピンクのままですが、完全に乾くと白になるのです。塗装工が休憩から戻ると、どの部分が先ほどまで塗っていた部分かがすぐに分かります。

出所:「ステージゲート法 製造業のイノベーション・マネジメント」(ロバート・G・クーパー著)

●なぜエスノグラフィが有効なのか?

なぜこのような面倒なことにコストを掛けて、顧客を観察するのでしょうか?

顧客は、自分のことが見えていないのです。そのため、顧客に製品に何を望むかを尋ねても、有用なニーズは出てきません。顧客は仮に既存製品に不満があっても、知らず知らずの内に、それを当然のものとしてその不満を甘受し、その製品に自らを合わせて利用しているものです。上のICIペイントの例では、塗装工は何の疑いもなく、追加の塗料と時間を掛けて塗り直しをしていました。気が付けば、当たり前の無駄ですが、この例のように気が付かずにその問題を甘受してしまっていることは多いものです。

従って、顧客にニーズを聞いても、価格や通り一変のニーズや他社製品にはあるが自社製品にない機能についてのニーズに留まるということは多いものです。

このような問題を発見できれば、革新的な製品に結び付けることができます。人件費をかけてこのような観察することでも、十分なリターンを期待することができます。

●エスノグラフィの実際の活動

エスノグラフィでは実際にどのような活動を行うのでしょうか?

エスノグラフィでは、上のICIペイントのように顧客のいつも通りの活動を観察します。ここでは、単に観察をするだけではなく、実際にその場で顧客に質問をしたり、もし可能であれば自分でも実際に経験をしてみるということをします。顧客に質問することは大変重要で、通常、観察者はその活動の素人ですので、観察の中では当然理解できない顧客の活動がある筈です。またむしろ「素人」であるからこそ、改善や変更の余地がありながら今まで顧客が当たり前だと思っていた点が見えてくるわけです。また、質問はその場ですることが大事です。なぜなら、目の前に全ての状況が揃っているので、目の前の実態に即して説明を聞くことができるからです。

このように、エスノグラフィの対象顧客はある意味活動を邪魔されるわけですので、対象の顧客には、事前にこちらの目的を十分に理解いただく必要があります。そうでなければ、観察や質問が中途半端になってしまいます。

観察の結果は、観察の直後のまだ記憶が鮮明な内に詳細なレポートとしてまとめます。この活動は、レポートとして記録を残すという目的以外にも、レポートをまとめる過程で、活動の意味や背景が今一度確認できる等、まとめることにも大きな価値があります。顧客観察の後、時間をおかずに一気にまとめてしまいましょう。

●エスノグラフィが示唆する重要なこと

良く営業マンなどに顧客のことを理解していますかと聞くと、長年顧客と付き合いがあるので、顧客より良く顧客のことを知っているぐらいだと豪語する営業マンもいます。しかし、営業マンは、基本的には顧客からの「受注」を最大の関心事として付き合っていますので、製品開発テーマに結びつくような深い情報についてはそもそも関心を持たず、それらのことについては当然理解してはいません。

それでは、社内には営業マン以上に顧客のことを理解している人たちがいるかというと、誰もいないのが普通です。これまでのマーケティングの常識では、ここまでやるという必要性は感じられていませんでした。せいぜい顧客にインタビューするという程度です。しかし、エスノグラフィを実行することで、活動の当事者である顧客自身も気がつかなかったような事実が浮かび上がり、それらを革新的なテーマに結び付けることができるのです。まさにこれらの情報は、自社にとっては未開発の金鉱ということができます。

(浪江一公)