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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第66回: 「広義の市場に目を向ける」(その2)

(2013年11月5日)

 

セミナー情報

 

前回はTAD(Time-Area-Depth)の2つ目の軸の「分野軸(Area)」の内、「広義の市場に目を向ける」を議論しましたが、今回も引き続きその議論を続けたいと思います。

●顧客・非顧客以外のプレーヤーに目を向ける
広義の市場には、既存の顧客や非顧客だけでなくそれ以外の、それらの顧客・非顧客に直接に間接に影響を与えるプレーヤーも含めて考える必要があります。B2B製品の場合には、直接の顧客と同様に関心を持たなければならないプレーヤーに顧客の顧客、より正確に言うと顧客のその先の市場がありますし、B2C製品の場合には、実際のユーザー以外に購買の意志決定をする人がいる人がいます。顧客・非顧客以外にも影響を与えるプレーヤーは様々いるものです。

それでは、代表的なこれらプレーヤーを個別に議論していきたいと思います。

●顧客の顧客・市場(B2B製品の場合)
自社が自社の市場のことを十分捉えきれていないように、自社の顧客も彼らの市場については十分捉えきれてはいません。従って、直接の顧客だけの要求や情報を集めていても、市場の全体像をつかむことはできません。従って、顧客のその先の市場についての理解を深めることが必要です。例えば、日本触媒は世界中で吸水性ポリマーの大きなシェアを持っていますが、その背景には、直接の顧客であるP&Gやユニチャームといったおむつ・生理用品メーカーだけでなくその先の顧客、すなわち赤ん坊やその母親や女性に目を向け研究開発活動を行っているということがあります。

顧客のその先の市場を見た研究開発を行うことによって、顧客にも良い提案ができますし、その時点では競合企業はありませんので(顧客の潜在ニーズに対応しているため)、その見返りとして追加価値分を上乗せした価格で売ることができるようになります。また、顧客からの要求で開発した製品ではありませんので、その顧客以外にも自由に自社の製品を販売でき、その結果より大きな収益(売上・利益)を実現することができます。

●顧客の自社以外の製品分野のサプライヤー
直接の顧客は、自社の製品以外にも購入している関連製品があるのが普通です。例えば、自動車業界はより数の少ない部品メーカーが部品をモジュール化(従来別々の業者が別々に納入していた本来一体である部品を一社が組み立て納入すること)して納入する方向にあります。例えば、エアバッグはハンドルに組み込まれていますので、ハンドルメーカーはエアバックを自社の製品に組み込んで顧客に納入することができます。それにより、顧客である自動車メーカーは、生産や購買に関わる工数を減らすことができます。これば自社にとって何を意味するかというと、自社の部品に従来は他社が納入していた部品の機能を組み込み販売する機会があるということです。

従って、自社は顧客の購入している他の製品やその提供者にも目を向ける必要があります。上の自動車部品のモジュール化のほかにも、顧客として自社の全体のコストが低減することができれば大きなメリットがあるわけで、まさに以前から世の中で言われている顧客へのソリューションを実現するためにも、これらプレーヤーの製品や活動を理解するメリットは大きいものです。

製品はハードウェアに限りません。例えば、顧客が自社の製品を設置する業者と別途契約し設置作業を行っているとすると、そこには、自社がその製品を設置するまでのサービスを行う、更には設置を不要にする、もしくは設置作業を軽減するような製品を提供するという機会があります。現在のように、製品供給者と設置業者が別々では、他方のことを考えることによって全体コストを低減するというインセンティブははたらき難いのです。なぜなら、コストを低減するということは、すなわち自社の製品やサービスの単価を下げる方向に働くからです。しかし、今まで片一方しか提供していない業者が、両者の機能のことを同時に考え提案(全体コストの低減や追加メリットの提案)するようになれば、それをした方の売上を増やすことができるようになります。

●購買意志決定者・購買意志決定影響者
顧客を仮にその製品のユーザーと定義すると、その製品の購買の意志決定をする人は別にいる場合は多いものです。冒頭の日本触媒の吸水性ポリマーの場合は、赤ちゃんがスーパーで、自分の財布からお金を出してオムツを買うわけではありませんので、お母さんが購買意志決定者になります(正確にいうとお母さんもオムツを着ける作業を行うのでこの点はあいまいではありますが)。

更には直接のユーザーや購買意思決定者以外にも、購買意思決定に影響を与える人達がいる場合は多いものです。B2B製品の場合には、購買部門やその他の関連する部門、また予算を握っているそれらの部門の上司等、購買に影響を与える人は複数います。

通常営業担当者はこれらの点には極めて敏感で、それぞれの関係者のことを考えながら受注戦略を考えるものですが、研究開発段階でこのようなことを考えることは必ずしも一般的ではありません。特にB2B製品の場合には、顧客の部署間のコミュニケーションはあまり良くないのが一般的です。自社のことを考えてみると良くわかると思います。したがって、様々な関係者のニーズを捉えた製品開発は顧客にとっては、自社のコミュニケーション上の問題を先取りしたものとなり、価値を見出してくれる可能性は高いものです。

従ってユーザーのニーズだけではなく、これら購買意志決定者・購買意志決定影響者のニーズやその背景を理解することが必要になります。

●顧客の製品の代替製品
自社の代替製品には、関心は高いものです。しかし、顧客製品の代替製品にまでは関心が及ばないことは多いものです。例えば自動車部品の例で言えば、自社が内燃機関向けの製品、例えば、ピストンリングを作っているとしましょう。今後、内燃機関がモーターに置換されれば、自社の製品の市場は消滅してしまいます。そのため、顧客の製品の代替製品であるモーターやそのサプライヤーのことに十分に目を向け、顧客にはモーターに対する優位性を実現できるような部品の提案を行ったり、モーターメーカーには自社の技術を活用した新しい製品の提案を行うなどの活動が求められるようになります。

●その他の影響者
その他、その製品になんらかの関係のある法律や規制を司る官公庁、その前提となる研究などを行う公的な研究所や大学、更には社会全体やその社会の活動を主導するようなNPOなどの団体へも関心を持ち見ておく必要があります。

以上のように、研究開発の視点から言うと、決して「お客様は神様」ではありません。目先の収益源である既存の顧客にだけ目を向けていると、新しい研究開発の機会を逸することになってしまいます。事業部門の視野は短期に傾いてしまいがちです。一方で研究開発部門は本来長期的な視点でテーマに取り組むミッションがある訳で、そのためにも市場を広く定義し、それらの状況を主体的に把握するような活動を行うことが大変重要です。

(浪江一公)