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日本企業復活の処方箋「ステージゲート法」

第59回: 「顧客の本質的ニーズをつかむ」

(2013年9月17日)

 

セミナー情報

 

前回は市場の先を読む「時間軸」での一つの視点、ライトハウスカスタマーの活用について議論しました。今回は同じく「顧客の本質的ニーズをつかむ」を議論します。

●なぜ本質的ニーズが市場の将来を読む指標となるのか?
市場は様々な変化促進要因(ドライバー)により、変化していくものです。しかし、どのような市場のドライバーにも影響されない顧客のニーズというものがあります。例えば自動車で言えば、短時間に、安全に、快適に、移動するというニーズがあります。これらは本質的ニーズは、どのような時代が来ようが、変化はしません。また、これらの本質的ニーズについては、顧客は際限なくより高い水準を求める傾向も強いようです。

●本質的ニーズは多くの企業において理解されていない
自動車メーカーの例で考えると、これら本質的ニーズは当たり前のごとく理解されていると思われるかもしれませんが、多くの企業において、この本質的ニーズが適正に理解されていないように思えます。私のクライエント企業に通信設備メーカーがありますが、これまで、この企業は客先から提示された仕様に基づき、できるだけ低コストで生産できるということに注力してきました。この顧客の仕様には、既に顧客の本質的ニーズが翻訳され具体的に記されています。これまでこの企業は、このような理由から本質的ニーズを理解する必要性はありませんでした。

しかし今同社を取り巻く環境は大きく変化し、客先から仕様書が出てきた段階で対応していては受注が困難という状況になり、事前に顧客の本質的ニーズに基づき提案を行うことが極めて重要になってきています。この企業が新たに認識した本質的ニーズに、据付の容易さがあります。従来、この設備は顧客側が別途据付工事業者を手配し、別契約で据付作業を行っていました。しかし、顧客にとっては、この据付工事が容易になれば、工期も短縮し、コストも低減できるという本質的ニーズです。

同社が受注形の企業だからこそ、環境変化の中で新たに本質的ニーズを理解するメリットが出てきたという議論もあるかもしれません。しかし、標準品を自ら企画し、開発・生産する企業でも本当に顧客に本質的ニーズに基づいて企業活動を行っているかは大きな疑問です。

私の自宅のガスレンジは、3つ口の従来のタイプなのですが、ふきこぼれを拭く時に大変不便なのです。大きな五徳を外さなければならず、またその置き場もこまります。またバーナーの回りには別のスカートがついており、この汚れがなかなかとれません。近年、ガスレンジの大きな脅威であるIHレンジが普及しつつあり、IHレンジは上面が平面で、大変拭きやすい設計になっています。それに対し危機感をもったガスレンジメーカーは、やっと吹きこぼれを拭きやすいタイプを出すようになりました。それまでは長い間旧態依然としたデザインの製品を販売し続けてきました。料理をしていると吹きこぼれはどうしても起こることで、吹きこぼれを拭きやすいデザインというのは、顧客の本質的ニーズです。ガスレンジメーカーは、この本質的ニーズを放置してきたと言わざるをえません。

このように、本質的ニーズをきちんと認識するという活動は、現実には多くの企業においてされていないようです。

●本質的ニーズに対応して成功した例
これら企業に対し、本質的ニーズに敏感な企業は成功してきています

○シマノの自転車部品
シマノの商品企画において、重視しているのが、顧客が本質的に求める「機能」に基づく商品企画です。その本質的な「機能」を充足するにはどんな商品が必要か、から考えるわけです。本質的機能とは、自転車で言えば、速く、快適にそして安全に自転車に乗れるということです。「速く」や「快適性」という機能の追求から生まれ、大きな成功をおさめたのが、変速操作を簡単にできるSISやSTIといった自転車部品です。

○ホンダのエアバック
ホンダのエアバックは開発に10年以上の長い期間を費やしました。その過程で、開発の中止の動きもありましたが、「安全性」を自動車の本質的ニーズと捉え研究開発を続け、最終的にご存知のように実用化に成功しました。今ではエアバックは、ほとんど全ての自動車に搭載されるというまでになっています。

●なぜ本質的ニーズは理解されないのか?:谷のこちら側と向こう側
本質的ニーズは、通常は見つけるのが難しい顧客も気が付いていないような潜在ニーズではありません。本質的ニーズという、少しでも創造力を逞しくすれば理解できるこの部分に目を向けさせない理由は何なのでしょうか?

理由は、そもそも企業が顧客ニーズ起点の経営になっていないからだと思います。企業は、顧客のなんらかのニーズを満たすことで実現できる顧客提供価値の対価を収益源としています。しかし、この点が理解されていない企業は大変多いというのが私の実感です。過去の製品に搭載されてきたという理由だけで従来の機能は盛り込むが、新なニーズを探すという姿勢が弱いからです。もっぱら自社は「製品」を出し続けるという惰性を続けているだけで、顧客のニーズを充足することで顧客提供価値を拡大しようという姿勢が不在であるからです。

多くの企業は創業時は、ひたすら顧客にニーズに対応しようと努力します。そのために、顧客の視点で製品を考えようと必死で考えます。その結果顧客ニーズを強く反映した製品やサービスを出し、それが売れ成功し、これら成功に基づきこれら企業は歴史を重ねるようになります。しかし、企業存続の歴史を重ねるにつれ、だんだん顧客ニーズが起点であったことを忘れ、過去に成功した製品の延長線をひたすら走るようになります。過去に成功体験があり、証明済の製品を出すことにはリスクがないからです。谷の向こう側の顧客の視点ではなく、谷のこちら側のサプライヤーの視点で市場を見るようになってしまうのです。

●本質的ニーズを経営の中枢に位置づける
言い古されてきたことではありますが、本質的ニーズを理解するには、常に谷の向こう側の顧客の視点から市場を見続けようと努力することです。これは企業文化にまで昇華されていなければなりません。経営者はこの点に留意し、長期的にこのような企業文化を醸成することに取り組まなければなりません。

(浪江一公)