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日本の製造業復活の処方箋「ステージゲート法」

第24回:ゲートの運営(その17):事業評価(12)
「事業ドメインの考え方『人生を複雑にするな』」

(2013年1月15日)

 

セミナー情報

 

 前回は事業ドメインの決定の重要性について議論しました。今回はこの事業ドメインの設定法について触れたいと思います。

■エーベルの「事業の定義」の3軸

 事業の定義について書かれた良書に、多少古いのですが1980年に出版されたハーバードビジネススクール教授のエーベルの「事業の定義」(千倉書房)があります。この本の内容は日本ではあまり議論されることがないのですが、大変良い本です。

 エーベルは事業を「顧客層」、「顧客機能」そして「代替技術」(3つともマーケティングの大家である石井淳蔵氏の翻訳による「事業の定義」の翻訳のまま)の3軸で定義することを提唱しています。「顧客層」とは文字通り対象とする顧客層、「顧客機能」とは顧客に提供する機能(例えば自動車であれば移動)、「代替技術」とは技術(例えば界面活性技術)で、事業を定義するということです。この3軸全てを使うということではなく、これらの3軸の中でできるだけ数少ない具体的な軸を選び、そこを中心に事業の展開をするというものです。

 この考え方の背景には、このような軸で定義した事業展開により、その分野での学習効果を通し知見や経験を踏み深化し他社より効率的に展開できること、またその定義した軸を機軸に様々な製品・事業分野に展開することで範囲の経済性が得られるということがあります。

■代替技術で事業ドメインを定義している例

 「代替技術」というと、何かある技術を代替するというイメージがありますが、自社の「技術」と考えてください。代替技術で事業ドメインを定義している典型的な例が、3Mです。同社では約40(長期的な視点で入替えや追加がされ数も変わる)のテクノロジープラットフォームが決められており、それら技術を活用して様々な製品を展開する戦略がとられています。この技術の存在を知らずに同社の対象市場や製品にのみ目を向けていると、3Mの展開は何の脈略もないように見えますが(生産財もポストイットのような消費財も入り乱れて展開しえいる)、実はこの展開の底部には、このテクノロジープラットフォームという考え方があるのです。

 日本ではトヨタ(トヨタ生産システムという生産の技術・ノウハウ)、カルピス(乳酸菌技術)、シャープ(液晶技術)などの例があります。

■顧客機能で事業ドメインを定義している例

 「顧客機能」ということばはあまり一般的ではありませんが、顧客の提供価値といえばもう少し分かりやすくなると思います。代表的な例が、iPhoneです。アップルは、この製品では最終的に顧客に「かっこいいものを持つ喜び」、「まわりの人にみせびらかす」という価値を顧客に提供しているのです。だからアップルはiPhoneの「ルックアンドフィール(外観と雰囲気、イメージ、見た目)」に徹底してこだわるのです。この実現のために、故スティーブ・ジョブズは社員に罵詈雑言を浴びせかけ、そして、スマートフォーンでサムスンと血みどろの知財戦争を行なっているのです。

 また良く言われるように、iPhoneはごく普通の部品を使って実現しているといわれています。つまり顧客機能を徹底して重視し、他の軸は2次的な位置づけにしているということです。

■顧客層で事業ドメインを定義している例

 「顧客層」の展開の例に、アスクルがあります。同社は、中小企業の総務担当者を対象として、総務担当者が必要とする製品を何でも販売するという事業定義を行なっています。

 その他、住宅という切り口で、インテリジェントトイレ、福祉用ロボット、リチウムイオン電池等の様々な技術を展開する大和ハウスなどもこの例になると思います。

■「人生を複雑にするな」

 企業は個人営業でない限り、本質的に成長を求めるものです。放っておくと、シナジーという美名の下に際限なく事業や商品が広がっていくという性格を待ちます。しかし、バブル期にも良くあったように、あけてみたら関連のない事業に広く薄く展開し、にっちもさっちも行かないという例は沢山ありました。

 その為にも事業ドメインを明確に定義する必要があるのですが、できるだけ少ないシンプルな軸を設定することが重要です。つまり「人生を複雑にするな」です。もちろん必ずしも一つの軸で定義するという必要性はありませんが、冒頭に触れた理由で、定義する軸を少なくし、加えて優先順位を決めておくことが良いでしょう。

 ゲートにおいてはシンプルで明快な軸に基づく事業ドメインからのチェックが極めて重要です。さもないと、切れ味よくプロジェクトを切ることはできません。