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「目からウロコのB2Bマーケティング」

第3回:「マーケティングは科学である」とは?(その1)

(2012年2月27日発行)

「マーケティングは科学であり芸術である。」これはマーケティングについての説明で有名な言葉です。この言葉には、マーケティングの本質を説明する重要要素が含まれています。今回と次回では、この言葉の前半の「マーケティングは科学である。」について、そしてその後に「マーケティングは芸術である」を考えてみたいと思います。

●マーケティングは科学である。
マーケティングは科学であるとは、どういう意味なのでしょうか?

前回はセールスとマーケティングの違いについて、その基本的な違いは、前者が自社起点であるのに対し、後者は市場起点であるというお話をしました。特に後者については良く言われるような「顧客」起点ではなく、「市場」起点であるべきという点を強調しました。

●「市場」は確かに見えにくい。
ところが、一言で市場起点を言ってもそれを実現することは、一般的に自社起点や顧客起点に比べ遥かに難しいと考えてしまいがちです。なぜなら、自社起点であれば、自社のことは自社ですので大変良くわかります。(実は、自社の姿が見えていないという問題も良くあるのですが、その議論はまた別の機会にします。)また顧客起点は、多くの場合顧客は特定できていて、場合によっては既に接点を持っていることは多く、なんらかの取っ掛かりはあり、顧客を知るために少なくともどこから始めれば良いかで迷うことはありません。ところが、市場起点を言うと、市場は多数かつ多様な顧客を含めたステークホルダから構成されているので、目には見えずその正体は不明確になってしまいます。

しかし市場が見えなければ、当然市場起点に成りようがありません。ここにマーケティングのチャレンジがあります。

●マーケティングにおける「科学」の役割:見えない市場を見えるようにする。
このチャレンジに対峙し、見えない市場を見えるようにするための武器が「科学」です。どこかの企業のタグラインではありませんが、「市場を科学する」のがマーケティングを始めるに当っての最重要事項と言っても良いかもしれません。それでは「市場を科学する。」にはどうしたらよいのでしょうか?1つ1つの具体的視点については、これから長い時間をかけて本メルマガの中で順に説明したいと思いますが、ここでは「市場を科学する」2つの重要な視点について述べたいと思います。

●市場を科学するための重要視点(その1):市場を俯瞰する。
まず1つ目が、市場を「俯瞰」することです。英語では、「俯瞰」をbird’s eye viewと言い、「鳥瞰」と言ったりもします。要するに、鳥が高い空から地上を見るように、顧客一社一社のことはとりあえず置いておいて、高い視点から市場を見るという視点です。

マーケティング「戦略」と言われるように、しばしばマーケティングは戦争とのアナロジーで語られます。この戦争のアナロジーを使って、市場を俯瞰する活動を説明すると、まず、周辺の土地(市場)がどこまで広がっているのか?その土地の地形(市場の構造)はどうなっているか?敵(競合企業)はどこにどの程度いるのか?持っている武器はどのようなものか?今後の天候(市場の成長性、その原動力)はどう変わっていくのか? 以上などからどこ(自社の標的市場)をどう(マーケティングミックス:この言葉は別の機会に説明しますが、自社で行う様々なマーケティングに関わる活動のことを言います)攻めたら良いか?を決めるわけです。

戦場全体を捉える為に、古来戦略家達は丘の上に登ったり、斥候を派遣したり、今では、衛星や航空機を飛ばして市場を高い所から俯瞰するということをしているわけです。戦場の全体を捉えることは戦略構築の基本です。

●市場を俯瞰せず失敗した例:ガダルカナルの日本軍と日本の半導体産業

「失敗の本質」(野中郁次郎他著・中公文庫)という戦略論の本がありますが、その中に太平洋戦争における日本軍のガダルカナルでの敗北の分析が著されています。同書によると、日本軍は太平洋における戦略の要衝と考えたガダルカナルを攻撃するに当り、戦略の基本である敵の陣容の把握を怠り、投入総兵力3万人の7割を死亡もしくは行方不明の形で失うと大敗北をきしました。

産業界でも、このようなことはめずらしくありません。例えば、東芝の半導体事業の総帥として同社の半導体の全盛期に指揮をとった川西剛氏(元東芝副社長)は、日本の半導体産業の衰退について「やはり世界を見ないで、国内を向いて競争していた。それが今日の事態を招いた。」(日本経済新聞2010年10月10日朝刊)と語っています。

上の日本軍と日本の半導体産業の失敗の共通する原因は、戦場・市場を俯瞰するという作業を怠ったことにあります。

●市場を俯瞰して見るには:元米国FRB議長のアラン・グリーンスパンの例
それでは、市場を俯瞰してみるにはどのようにしたら良いのでしょうか?

元米国連邦準備銀行(FRB)議長のアラン・グリーンスパンは、日本経済新聞の私の履歴書の中で、FRBの議長になる前に経営していた民間の経済金融調査会社時代の活動に関し、次のように語っています。

「われわれの調査分析の売り物は、経済の動向がどう顧客の事業に影響するかをわかりやすく伝えることにあった。・・・国の統計だけでなく、業界からの聞き取り調査や歴史的なデータの分析にエネルギーをさいた。五七年の暮れ、オハイオ州クリーブランドで、リパブリック・スチールの首脳陣に警告した。「鉄鋼の在庫が急増しており、今の生産計画だと、生産量は需要をはるかに上回ってしまうだろう」「問題は鉄鋼在庫だけでなく、五八年はひどい年になる」。トップは「受注は堅調」と反論し、計画を変えなかった。結局、五八年は戦後で最も急速な景気の落ち込みとなった」(日本経済新聞2008年1月10日朝刊)

●目隠しをされて、その動物が象であることを当てるとしたら
例えば、目の前に象がいるとします。今あなたは目隠しをされていますが、その動物が何であるかを当てなければなりません。

まず、あなたはどこか一部を触るでしょう。そうするとごつごつした肌を持っていることが分かります。その触感から、あなたはその動物はサイであると考えるかもしれません。しかし、さらにその動物(象)のあちこちに触れてみます。牙に触れることができるかもしれません。そこでもサイの可能性があります。しかし、その牙の長さを手で測ってみれば相当長いことが分かります。今度は耳を触ります。そうするとその動物は大きな耳を持っていることが分かります。そこからあなたはその動物が象であることを突き止めることができるでしょう。このように、象のあちこちを触り、測ることでその動物が何なのかを知ることができます。

もちろん、市場は象より複雑ですが、上の象の例のように、市場を「俯瞰する」必要性を認識し、合理的に、つまり「科学」をもってして、様々な情報を縦から横から、上から下から斜めから、さまざまな視点で収集し総合的に分析することで、市場の特徴に関わる可能性を絞り、最後にはその市場について相当のことを理解することができるのです。

●CIAの情報源のほとんどは公開情報
皆さんは米国のCIA(中央情報部)というとスパイ活動を行う組織であると思っているかもしれませんが、実はその情報源の9割が公開情報といわれています。彼らは公開情報を集め、そこから敵の動きを想定するということを主要な活動としているのです。

上の東芝の例で言えば、その当時でも半導体事業は数千億円の売上規模があったはずですので、その日々の活動の中から海外についての情報を含め膨大な情報が社内に流れてきていたと思われます。東芝は、せっかく市場を俯瞰するために必要な情報を持ちながら、それらを集め分析する手間を惜しんだ、もしくはその必要性を認識していなかったということではないでしょうか。

●マーケティングは『科学』ではあるが、「ロケット『科学』」ではない

私が経営コンサルタントとしてコンサルティングを行う場合、クライエント企業から市場の情報に関し、「そんなことは分からない。」という反応があることがあります。しかし、詳しく聞くと、多くの企業が情報を集める初歩的な活動も行っていません。その気になれば、過去5年間の新聞記事を調べるだけで、その市場のことが相当良くわかります。加えて、そのような市場に関する理解の下、顧客(候補)を何社か訪問し話を聞くと、さらに市場のことが良く理解できるようになります。(まさに、上の例でグリーンスパンがやったことです。)

人間は危機や千載一遇の機会に直面すると、体の機能が全てそれへの対処に集中してしまい、他のことを忘れてしまうようにできています。これは、人類の進化の歴史で本能的にそうなったのかもしれません。市場を俯瞰するには、このような人間の本能に抗してそうしようと強い意思を持ち、その為に時間、エネルギーそして知恵を投入することが重要なのではと思います。そうすることができれば、市場のことを相当良く理解することができます。

英語ですごく難しいことを「ロケットサイエンス(科学)」と言いますが、市場を俯瞰するには、ロケットサイエンスはいりません。つまり、マーケティングは『科学』ではありますが、ロケット『科学』ではないのです。

次回も引き続き、「マーケティングは科学である」とは?について議論したいと思います。